fc2ブログ

ひな祭りの思い出?

まあ、誰もが知っている
3月3日は『ひな祭り』

娘たちがおばさんになり
『ひな祭り』と言っても、何にもしなくなった

で、今回は、ひな祭りの思い出を・・・・

私が小さかったころ
家には、お内裏様だけがあった

戦時中に生まれた姉といとこのために
親戚のおじいさんが、探して、探して、探して
ようやく二組、手に入れてくださったものだとか

そのお内裏びなを、ひな祭りに飾っていた

でも、教師をしていた母が
私が小学校高学年の時に
今でいう支援学級を担任して
『あんたたちは、今まで飾って楽しんだんだから
もう譲ってもいいでしょう?』
と、学校に持って行ってしまった
なんだかね~
あの時寂しかったんだよね
お母さん

それ以来、実家にお雛様が飾られることはなかった

月日が流れ
私に娘ができたとき
両親から
豪華な?段飾りが贈られてきた
旦那の実家で、私たちが帰省すると
義母が保存していたものを、飾ってくれたっけ

子どもたちが大きくなると、帰省もあまりしなくなり
お雛様が飾られることはなくなった

でもね、今は空き家になっている旦那の実家に
そのお雛様は眠っている

もう、日の目を見ることはないのかな?

そうそう、私の田舎も旦那の田舎も
『ひな祭り』は4月3日だった

今は…田舎も3月3日に『ひな祭り』をしているんだろうな~

昔からの風習や祭りごとを大事にしたいと思いながら
今年もまた、何の飾りも、お祝いもなく
単なる一日として、過ぎていく『ひな祭り』

潤いのない、寂しい3月3日です
スポンサーサイト



2月13日は、苗字制定記念日

最近、予約投稿が多いので
ついつい
『今日は、何日だったのか?何の日だったか?』
忘れてしまう

なんてね、言い訳です
単に、物覚えが悪くなっただけなんだけれどね

さてと・・・
なんとなく振り返ってみたら
13日は『苗字制定記念日』だった

苗字か・・・
過去記事にも書いたけれど
結婚するとき、姓名判断をしてもらったら
旧姓のほうが
お金が貯まる

旦那の姓にすると、生活には困らないけれど
お金は絶対にたまらない

と言われたっけ

なぜかずっと心のどこかに、この言葉が残っていて
姓名判断って当たるな~
と最近特に、実感している

確かに、何とか生活していけているけれど
お金って、貯まらないね~

話はちょっと逸れるけれど
能登地震

私が家を継いでいたら
今頃、あの実家に住んでいたかもしれない
家そのものは、倒壊していないけれど
中はぐちゃぐちゃ
赤紙も貼られた(一度載せた写真ですが・・・)
1706518727626.jpg

今頃二次避難していたのかな?
それとも、電気水道が通っていないこの家で
片づけをしていたのかな?

と、複雑に思っている

あ、でも、旧姓のままだと
お金貯まっていたんだよね?
じゃあ、思い切り、落ち着いたら建て直していたかも・・・
なんてね

人の人生って、いろいろだわ

でも、自分が選んだ道だったら
後悔しないようにしないとね

2月5日は、ふたごの日

暗いニュースばかりが続いていた
我が家も、娘の誕生日くらいが
まあまあの出来事で

あとは、心が痛くなることばかり

余裕がなかったのかな?

でもね、一昨日が『ふたごの日』と聞いて
ちょっと、気持ちが明るくなった

身近にふたごちゃんがいる

まずは一組目
古~~イ話だけれど
幼馴染のいとこがふたごちゃん
そのころから、ふたごにあこがれた
もう一人私がいたら、楽しいだろうな~
なんてね

そして、二組目と三組目
お向かいさんの子どもが
男の子ふたごちゃん

性格も外見もまったく違う
ただ、ふたりとも
ご両親に似て賢かったわ

そのふたごちゃんの弟さんが結婚して
産まれたのが、男の子と女の子のふたごちゃん

もう生まれたときから、性格が違う
男の子と女の子って、こんなに違うんだ
と、おばあちゃんになられたお向かいさんが言われていた
最近転勤で近所に引っ越してこられて
よく出会うようになった

可愛いね~
私も成長を見させてもらっている
どんどんおおきくなるよ

最後の一組は
義弟の孫ちゃん

昨年秋に、女の子のふたごちゃんが産まれた
2歳上のお姉ちゃんがいて
子育ては大変らしい

90を超えている義妹のお母さんと、おばあちゃんになる義妹
そして、母親の姪
3人でも大変らしい
でも可愛いよね~
1707181256138.jpg

2歳半違うだけで
こんなにも身長も様子も違うんだね

子どもって、本当にどんどん成長するよね

ふたごの日と聞いただけで
気持ちがちょっと明るくなった

みんなみんな頑張れ~~~~!

1月22日は、カレーの日

久しぶりに書くかな?
『今日は何の日?』
昨日は、カレーの日だった

カレーか~

子どものころ、カレーはあまり食べなかったっけ
今、能登半島地震で災害が酷い
能登町で生まれ育った

毎日、魚料理で
何の不満もなかったけれど
たま~に食べるカレーはおいしかった

高校生の時、初めてお昼ご飯を父と食べることになった
母・姉二人・兄嫁・お昼だけ手伝いに来てくれていた人もいて
高校生まで、私が料理するということはなかった

父が何か作れるか?
と聞くので
カレーなら…と答えて
作り始めたけれど

挫折・・・
慌てて、友だちに電話して
作り方を聞いたけれど

あはは・・・
今ならスープカレー?と言えるけれど
しゃぶしゃぶになってしまった

でも父は、我慢して?
食べてくれたっけ

おいしくなかったのにね

私が二人の娘の親になった時
下の娘が、カレー娘
上の娘が、シチュー娘

大なべに、ジャガイモ・にんじん・玉ねぎ・お肉
煮込んで
最後の仕上げに
二つの鍋に分けて
シチューとカレーの出来上がり!

そうそう、今年すでに、カレーを一回作ったよ
老人になった旦那はカレーを食べなくなったけれどね
   娘のお節 5

芋姉ちゃんの娘用に、ジャガイモたっぷり

そうだ、ココイチに行ったんだったけ
カツカレー。一番好き
ここ1-3

そして、名古屋で食べたカレー
   IMG_0167.jpg

あ、今年もう三回もカレー食べている

国民食だよね~

閑話休題(10月10日は、銭湯の日)

北海道の話?
ダラダラ続けている

でもお風呂大好きな私にとっては
ちょっと外せない日
10月10日は銭湯の日、何ですって!

銭湯の日


思い出話です

私の父は、お風呂が大好きだった
母と旅行に行っても
電車の待ち時間が30分以上あると
父の姿が消えた

最初のころは、おろおろしていた母も
次第に慣れたけれど

時間があると、駅前の銭湯に入りに行き
頭から湯気を出した父が
電車の発車時間に合わせて戻ってきた

と、いつもプンプンして話していた母だった

年の離れた末っ子の私は
何をしても、父に叱られなかった

兄姉からは、差別だ
と言われていたっけ

でもね、一度だけ父に叱られた記憶がある

海水浴に行き
疲れて帰ってきた

銭湯に行くぞ、と、父が言ったけれど
嫌だ~行かない!
と言ったら

風呂に入らないのなら、水でも被っておけ
と、ひしゃくの水を頭から掛けられたっけ

その後、お風呂に行ったのか、行かなかったのか?
覚えていないけれど

叱られた唯一の記憶も
お風呂のことだった


もっと小さいころ
雪の降る日

母と姉2人と銭湯に行った
私は、母の背におんぶされていたんだけれど
その母が転んだ

洗面器に入れたお風呂道具の中から
せっけん箱が飛び出して
中の石鹸が
コロコロ雪道を転がった

あ・・・・楽しいな、ころころコロコロ・・・
と言う記憶がある

痛さは覚えていないけれど
母は痛かったんだろうな~と、
今は申し訳ない気持ちがする

たぶん、これが私の一番小さいころの記憶だと思う

父と母との思い出
全部銭湯につながっているような気がする

古き良き、昭和の時代でした

懐かしい~~~~
03 | 2024/04 | 05
Su Mo Tu We Th Fr Sa
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 - - - -
カウンター
プロフィール

anne123

Author:anne123
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
ブロとも一覧

ライフスタイル向上のすすめ

THE SIDEWINDER

猫のいる生活まとめ ~旧ちゃい日記~

アルパカ星へようこそ

読書のブログ

kbrkのつぶやき

One to Go

パネルジャムの混ぜジャムブログ

全日本丸顔協会

サエっちのサエズリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR